私は誰?演じるための第一歩とは?世界で一番やさしいスタニスラフスキー・システム⑥

スタンディングオベーション リアリズム演技 人物の核 俳優サイコー
演じるために私がしたことリスト

私は演じるために何をしたのかを思い出せるだけ思い出した。
先生はそれをホワイトボードに時系列にまとめた。


①何があったのかを思い出す 

何があったのか?
何を感じたのか?
何を考えたのか?
どう動いたか?
何を言ったのか?
何を言われたのか?

 

出し切ったので次の段階へ

②思い出した後にしたこと

何があったのか流れを何度か確認

 

全てを思い出せたので次の段階へ

③演じる直前の準備として

リラックスする
忘れようとする
覚悟を決める

 

心構えができたので座った

④演じている最中に気をつけたこと

相手に集中する
相手のセリフを良く聞く
表情を良く見る

⑤ときおり過去の感情の記憶を思い出す

恐怖体験を思い出す
嫌いな人を思い浮かべる
悔しい思い出を思い浮かべる

 

 

「まとめるとこんな感じになりますが、何か抜けている事とか無さそうですか?」

 

「今のところ、大丈夫そうです」

 

「すると、あなたのしたことはこのようになりますね。

①シナリオ読む ②覚える ③演じる心構えを整える ④相手に集中する ⑤ときおり過去の感情の記憶を思い出す」

 

「はい」

 

こうやって振り返って見てみるとあまりに残念だった。


今まで色々と学んできたリアリズム演技のレッスンが身についているとは到底思えなかった。

もっと沢山の有益な事を学んだはずなのに、いざという時には全く使いこなせていない…

 

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学んだことはどこへ?

 

理想の演技の準備とは


「例えば、本当のシナリオだったらどうしてましたか?」

 

「うーん、だいたい同じだとは思うのですが、本当なら「役が何をしたいのか」を考えるべきだと色々な所で教わってきたのでそうしたと思います」

 

「なるほど」

 

「ただ、今回は「受講したい、話を聞きたい」という単純なものでしたし、もし、役の人物を演じるのであれば、その人物をもっと理解する作業も必要だったと思いますが、今回は私自身だったので、その二点は省いてました」

 

「自分を演じてみてどうでしたか?あなたは自分のことを理解できていると感じましたか?」

 

「いえ、全く…自分の事なのに、全然、分かっていないんだなあと思いました」

 

「というと?」

 

「演じていて、そもそも自分の言葉や行動だったはずなのに、言っている事もする事も、なんだか取って付けたみたいで違和感を感じていました」

 

「そうなんですか?」

 

「はい、なんで私こんなこと言ってるんだろうとか…なんか、やる必然性ないのに、さっきやってたから、やっているという感じでした」

 

「恐らく、あなたを演じるのに、あなたの全てを理解する必要は無かったとは思います。そんなこと無理でしょうし、必要ありません」

 

「はい」

 

「しかし、先ほどのあなたを演じるために、絶対に知っておかなければならないことは、理解しないまま始めてしまったようです」

 

「そのようですね」

 

「何を押さえていればそのような違和感を感じずに自分で自分を演じられたのだと思いますか?」

 

「うーん、セリフも感情も思考も動きも感覚も全ては分かってはいたんですが…」

 

「しかし、それらだけでは、その人物を演じるのに十分と言える理解には導いてくれなかったという事になりそうですね」

 

「私は私を分かっているつもりだった。でも、私は、私を演じるのに十分なだけは理解していなかった…」

 

「いえ、十分なという量の問題ではなく、必要なポイントを理解出来ていなかったということです」

 

「確かに、自分を理解するなだけでも途方に暮れる気がしてしまいます、ましてや他人である役の人物をとなると切りがないですから…」

 

「役を膨らませるのは楽しい作業でもありますので好きなだけ深めていけば良いかもしれません。しかし、仕事となればどうしても時間に制約があるわけですから、その人物を演じるうえで最も大切な人物の核とは何かを理解したいですよね」

 

「はい、役を演じるためにココだけは絶対に押さえておかなければならない、その後どれくらい深めるかは時間の制約次第という…そんなポイントが分かれば安心です」

 

「では、あなたを演じるために、あなたも、改めて知っておかなければならない最低限のこととは何かを調べていきましょう。いいですか?」

 

「はい」

 

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私は私を理解していたか?

私は誰?


「そもそも、なぜ、あなたは今ココに居るのでしょう?」

 

「…どこから話せばよいでしょうか」

「あなたの履歴書に興味があるわけではありませんので、そうですね、あれが無ければココに居なかったであろう、という最低限のモノを探ってみてください」

 

「…看板を見てきました」

 

「では、看板がなければココにこなかったでしょうか?」

 

「そうですね…はい」

 

「もちろん、そうでしょうね、しかし、逆に、看板さえ見たらあなたはココに来たのでしょうか?」

 

「?」

 

「ココの看板は13年間ずっと変わらず掲げてあったのです」

 

「…」

 

その時、ちょうど電車の走る音が聞こえてきた。

 

「あなたはこのビルの前を何回くらいあの電車で通ったことがあるでしょう?」

 

電車の振動を感じる。

 

「もう、7年ほどはほぼ毎日ですので、それこそ数えきれないほどです」

 

電車が走り去っていく

 

「普段はその存在に気づきもしなかった看板が、あの日のあなたに限っては、その眼にとまったのはなぜだと思いますか?」

 

電車が走り去っていった

 

「…ああぁ」

 

「あの日のあなたは、いつものあなたとは何かが明らかに違っていたりしませんでしたか?」

 

「はい、…そうです、全然、違いました…」


「実は、あの日は、私が長年所属していた劇団をやめた日でした」

 

「そうでしたか…」

 

「と、言っても、メールで主宰者に稽古のお休みの連絡をしただけで、そのまま二度と行かないつもりだっただけなんですけど…」

 

「そうですか…」

「女優をあきらめようと…」

 

「なのに演技を学びに来たんですか」

 

「なんだか、あの時、今頃、みんなはいつものようにかわらず稽古しているんだろうな…とか思いながら電車にのってました…」

 

あの瞬間に自分が感じた感覚が蘇る。
鼻の頭が熱くなってしまう…

 

「今、気づいたのですが、本当はあのままやめるのはスゴク悔しかったんだと思います…」

 

「悔しかったんですね」

 

「はい、悔しさを感じないようにはしていたとは思うのですが、なんだか、すごく変なんですけど…看板の、…やさしい…というのが、すごく、あやしいのに、…なんか、あやしいのに、妙に私の深いところに感じ入るところがあって…」

 

「…」

「なんだか、いつも演劇は、なぜだか、私には、やさしくなくて…」

 

なぜか私は泣きそうになっていた…

 

「心のそこから納得できた演技が一度もできていない気がして、悔しくて…」

 

「すると、あなたは、あなたにとっての理想の演技を探すためにココに来たと言えますか?」

 

「そうかもしれません、ココに来て、やはり、それを目指せないと分かればもう演技の事はスッパリ諦められる気がして来たのだと思います」

 

「では、あなたは行きたいことろがある、それにはもしかしたら、このスタジオが役に立つかもしれないと私を訪ねてくれた」

 

「はい、その通りです」

 

「では、あなたの行きたいところがどこかを調べてみましょう。私はあなたにスタニスラフスキーシステムを教えたいわけでは決してありません」

 

「?」

「もし、あなたの行きたいところに行くのにスタニスラフスキーシステムが役立つのであればその使いこなし方を伝えたいだけです」

 

「あなたが何処から来て、どこへ行こうとしているのか?これが今のあなたを演じるためにどうしても理解しなければならないことです」

 

「どこからきて、どこへ行こうとしているのか?それが、私の核…」

 

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あの日の私

どんな演技ができると思ったから俳優を目指したのか?


「あなたが、どこから来たのか、それは少しヒントをもらいました。では、あなたの行きたいところ、あなたの理想の演技を教えてもらっていいですか?」

 

「理想の演技…と、言われても、その時々で、良いとか悪いとか判断していましたが、あまり立ち止まってじっくりと考えたことが無いかもしれないです」

 

「では、考えなくていいです、少し、想像力を膨らませて見てみましょう」「目は閉じても閉じなくてもどちらでも大丈夫です」

 

「はい」

「「俳優サイコー」と思える状況を思い描いてください」

「過去にそんな経験があればそれを思い出しても良いです。編集しても大丈夫です。経験がなければ想像でも妄想でも構いません。なるべく、都合よく思い浮かべて、思わずニヤニヤしてしまうような想像を膨らませて下さい」

「本当に今、ココで、それを経験しているかのように思い浮かべてみましょう」

 

「あなたはどこにいるでしょうか?」


「何か見えるとすれば、何がそこから見えるでしょうか?」


「その目に見てみましょう」


「何か聞こえるとしたら、どんな音が聞こえるでしょうか?」


「その耳に聞いてみましょう」


「その音が声だとしたら、誰が何を言っているでしょうか?」


「その言葉に耳をすましてみましょう」

 

先生の誘導にも関わらず、私はさっぱり想像できていなかった。
私は想像力に乏しい…

 

「何かに触れているとしたら…どんな感触でしょう」


「その手に感じてみましょう」

「何か、匂いが、するのだとしたら」

 

一瞬、汗の匂いが鼻をついた。

 

「それはどんな匂いでしょう」


「あなたのその鼻に刺激を感じてみましょう…」

その途端、握っている相手役の手の感触が手に広がる。


私はなぜか舞台の上にいてスタンディングオベーションを受けていた。


役者仲間が手をつないでそれに応えている。

 

一気に、想像力が爆発して五感を刺激した。


私は、ニヤニヤどころか泣いていた。

 

「あなたはなぜ、俳優になりたかったのでしょう?」


「演技をすることでどんな素晴らしいことを経験できると思い描いていたのでしょう?」


「何が経験できれば良かったのでしょう?」

 

先生の誘導は続き、私は私の妄想を自在に楽しんでいた。