演技を左右する魔法の言葉 世界で一番やさしいスタニスラフスキー・システム④

スタニスラフスキー・システム 二つの矛盾した命令 曖昧な演技用語 自分にブレーキ 衝動的

考えるな、感じろ!正確であれ


「パチン!」

 

アクティングコーチが手を打ち、言わばテイク2が終わった。

 

「はい!ありがとうございます!実に素晴らしかったです!」

 

「いえ…はい、ありがとうございます」

 

「今の演技を少し振り返ってみましょうか?演じてみてどうでしたか?」

 

「うーん…。何とも言えない感じです」

 

「100点満点で点数をつけるとしたら?」

 

「…65点ですかね」

 

「随分、きびしいですね。35点はなにゆえの減点でしょう?」

 

「頭で考えすぎたというか…もっと衝動的に動きたかったというか…」

 

「なるほど、頭でっかちで演じている時って辛いですよね。感情が追いつかない感じで」

 

「そうなんです、そのタイミングでどんな感情になっていなければならないかは分かっているので、無理に感じようとしたり、感情を絞り出そうとしたりして…」

 

「もっと衝動的になれて、考えずに演じられていたら90点あげていいですか?」

 

「はい、そうかもしれません」

 

「本当にそう思いますか?」

 

「多分ですけど…はい、そう思います」

 

「そうですか…では、あなたが実際にはどうだったか少しだけ思い出してもらって良いですか?いわばテイク1の時です」

 

「はい…」

 

「いいですか、思い出してください…現実だった時のあなたは…ほんとうに衝動的…でしたか?」

彼は非常にゆっくりと間をおいて衝動的を強調した。いや、と言うよりも頭だけで考えていた私を、身体ごと、あの瞬間の私に、引き戻した。

もっと正確に言うなら、ちゃんと戻って良いんだよ、そこでちゃんと見て、感じて、それから言葉にして良いんだよ、という許可を与えたのだと今なら分かる。

 

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あの時の私をじっくりと振り返る

無意識に自分を縛る二つの矛盾する命令


「いえ、…あれっ、いや…むしろ私はすごく慎重だったと思います」

 

「…ですよね、衝動的という言葉を使いたくなる気持ちは理解できます。ところが、この場合、文字通り衝動的になることを目指しても場面は改善されないどころか全く違う場面になってしまうのは想像できますね」

 

「ですね、あっ、しかも…」

「そうです、あなたは考えないどころかテイク1の時はむしろ、もっと、もっと沢山の事を考えていましたよね?」

 

「確かに…」

 

「時々、演技の良し悪しを、衝動的だったか?解放されていたか?などで判断する人がいますが、そのような尺度で演技を判断するのは大雑把で役に立たないことが多いです」

 

「そうなんですか?」

 

「中には演じている最中にむやみに衝動的になろうとして、役になりきれそうなのをわざわざ自分で自分を邪魔していたりする場合さえあります」

 

「役になりきる邪魔?」

 

「この世には、衝動的になってしまう人は現実にも作品の中にももちろん沢山います。ただし、衝動的になろうとしている人間がどこかに存在しうると思いますか?」

 

「たぶん、ないでしょうね…想像できないです」

 

「ですよね、いずれ心の底から納得することになるかと思いますが、役になるには目的にかなった意図的な行動こそが重要です。ところが衝動的というのはどういう意味か検索してもらって良いですか?」

 

「はい。…えぇ…はい、衝動 目的を意識せず、ただ何らかの行動をしようとする心の動き」

 

「やろうとしているベクトルが全く逆なの分かりますか?」

 

「ですね」

 

「これで演技が嫌になる人を何人も見てきました。いわゆる、二つの矛盾した命令を自分に投げかけているダブルバインド状態です。アクセルとブレーキを同時に踏んで不完全燃焼でストレスフルになります」

 

まさに私の事だった。

いつの頃からか、考えるのは悪い演技、衝動的は良い演技という図式が出来上がっていて、演技中に少しでも思考が働くと自分にダメ出ししている自分が居て演技が面白くなくなっていった。

 

衝動的になることに大きな憧れとコンプレックスを抱いていた。

つい、頭で考えてしまう自分はどこか理性的でつまらない人間だと自分をジャッジしていた。

だから、衝動的になれるのは憧れだった。

 

ところが、衝動的になれたらなれたで満足だったかというと、なんだか、どんな人物も粗野で感情的になってしまい自分の演じているその役を好きになれなくて悲しかった。

 

いつからこんな風になってしまったのか、私の中で衝動的であることはかなり重要な要素になっていたのにまさか自分にブレーキをかけていたなんて…

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「実際のあなたは衝動的にはほど遠かったし、実に様々な事を考えていました。あなたが、90点取るために必要だと思ったことを正確に言うならば、それらの感情や思考が自然に生まれていたら良かったという事ですよね」

 

「そうです、その通りです」

 

「言葉は強力な魔法です。私達は好むと好まざるとに関わらず言葉でしか思考できません。しかも選択した言葉に大きな影響を受けてしまいます。演技を準備する時や振り返る時の言葉の選択はなるべく正確であるよう気をつけたいのです」

 

「はい」

 

「演技が好きだったにも関わらず、現在あなたが迷子になってしまっているのは、本当は心の底から納得していないにも関わらず、分かったつもりで使っているいくつかの曖昧な演技用語だったりするかもしれません。それらの正体を明かしてスッキリと腑に落していきたいと思います」

 

私は曖昧な言葉を使い自分で自分を混乱させている…なんだか分かる気がする。いつも演技について考え始めると堂々巡りが終わらなかったのはそのせいなのだろう…

では、テイク3があるのだとしたら、私はどんな言葉づかいでどんな準備をすれば良いのだろう…

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